La vida de Serenita

旅とごはんと写真と読書🌾大学生のブログ🍋

#52 ひとりたび

今週のお題「遠くへ行きたい」

 

遠くへ行く。

 

私にとっての「遠くに行く」は、単なる物理的な距離の移動ではない気がする。物理的な距離なら、パナマやコロンビアに行く私にとって、「遠く」はもはや宇宙?👽笑

 

私の「遠くに行く」は自分の知らない街、自分のことを誰も知らないところに1人で行って、わざわざ孤独になること。物理的に遠くなくてもいいから、1人旅に出て、勇気も自信も全然なくなった自分を、自分で励ますの。1人になるとこんなに惨めなんだな私って🥺

 

だから私の1人旅への欲求は、その時の感情に左右されやすい。突然1人になりたくなる時がある。

 

初めて1人で飛行機に乗ったのは、2年前。浪人してた3月に、合格発表を見た直後、5日後の航空券を買った。あの時は、日常生活に活きない世界史と英単語でいっぱいいっぱいになっていた自分の頭を、リフレッシュしたかったのだと思う。

 

行き先はカナダのバンクーバー🇨🇦

 

君ブラジル人?と聞かれたことがきっかけで、無理に隠してた心細さとか、孤独感が露わになった。やっぱりどれだけ堂々と歩いても、ここでは私は外国人にしか見えないんだ、と思った。

と同時に、私がどんな風に見えようと、この人たちは私が大学受験に落ち、1年間勉強し直したことも何も、全く知らないんだ、と思うとワクワクしてきた。

 

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帰国するとスーツケースが日本に届かず、終電まで逃して羽田空港のロビーで始発を待った。その日に今住んでいる場所に引っ越した。スーツケースが新居の方に届くのにごたごたしたが、それはそれで良い思い出だ。

 

 

次の1人旅は去年11月。

もうこれ以上耐えられないほど傷ついたことがあった。今考えてもあんなに傷つくことはもうないと思うくらい。色々重なって、学食で突然涙が出てくるほど心がえぐられていた。

ふと全てをリセットしたくなった日曜日の朝、鈍行電車に乗って山梨県まで行ってきた。

その週に稼いだ7000円を引き出して、財布と小説だけを持って。

河口湖まで行って、太宰治が書いた富士の見える茶屋に行きたかった。

高校生の頃、教科書に載っていた『富嶽百景』。それを読んでから「俗」でない富士を見てみたかった。まぁそんな私の考えは「俗」なのかもしれないが。

しかし台風被害の影響で、電車が1時間に2本しかないという運の悪さ。行きたかった河口湖までは行けなかった。

 

代わりに猿橋駅という田舎駅から徒歩20分ほどのところにある甲斐の猿橋を見てきた。日本三奇橋の1つらしい。歌川広重の描いた浮世絵の舞台なんだとか。

 

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ある意味で「俗」ではない山梨旅になった。

 

パーカーにリュック1つ背負った女の子が、1人で田舎町を歩いてたから、なんだか変な目で見られてる気がしたけれど、沢の音はずっと聞いてられるし、久しぶりのマイナスイオン

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ゆっくりと走る鈍行列車の車内では、湊かなえさんの『絶唱』を読んでいた。空いている車内で、夕陽に照らされながら本を読んだあの日はわりと特別だったりする。

 

帰ってきてスッキリしたものの、やはり心の傷はなくなってないと気付いた。

 

自分の知らない街に行くのは、今までの何かを捨てられるようで好きだ。でも傷は癒えない。その傷は旅に出ても、常に心についたまま。一生ではないけれど、癒えるには時間がかかると知った。

 

1人旅大好きだと思われるけど、

私は基本的に1人は好きではない。

1人になりたい時は限られている。

 

 

自粛が終わったら志賀直哉の小説の舞台である城崎温泉に行きたい。心が穏やかな限り、もちろん誰かと。